2007年07月17日

*出征兵士

みなが蜻蛉(とんぼ)や 蝉を追う
   誰か今 白い蝶を捕まえた
羽根を抓(つま)まれ 燐粉(こな)散らして足掻(あが)く
   目元の管を 伸ばしたり縮めたり
みるみる元気を 無くしてしまう
  

   あちこちで蝶は ひらひらと飛ぶ
紋白 揚羽 一文字せせり
   花から花へと 嬉しげに渡る
蝶は舞う姿こそ もっとも優美
   蝶だけのことでも 無いだろう

飛蝗(ばった)でも 蟋蟀(こおろぎ)でも
   やたらと捕まえて 良いのだろうか
捕らえられた虫の末路は 必ず死
   蝗(いなご)は米を食うから 捕えよと云う
でも田を枯らす程に 食うだろうか



   大きな掌(て)が 天から表れ
小さな虫を むんずと掴(つか)む
   虫は驚き 足が捥(も)げるまでもがく
標本に でもなるのなら 兎も角
   悪戯(わるさ)だけで 死なせてはなるまい


小さな赤紙が 天から下りて
   隣の家の 小父さんを捕まえた
御国(みくに)の為に 目出たき事と皆が云う
   万歳の陰で 隣の小母さんは
そっと涙を 拭くばかり
   小父さんが帰るか 帰れぬかは
最早 誰にもわかるまい
   

   小父さんの暮らしは 今後どうなる
決して目出たき事 ばかりでは無い
   誰かが行かねば ならぬから行く



蝶まで 死に急ぎさせることも無い
   どうせ短い 束の間の命
今直ぐ離して やろうではないか





  ※( 戦争のこと ) 編集者:興津千恵子さん(小学校の同級生)後書きより

※ 戦争末期になりますと、文系の学生を対象とした学徒出陣が行われました。
 それ以前、小学過程終了後すぐに行く、航空機乗務員養成所が開設されました。
 私達は女子組でしたから、他の男の子の組から数名が受験しました。
 その中に、いのもと少年も入っていたのですね。
 
 学校に対しても、応募を薦めるように義務づけられたそうですから、みすみす生徒を
 送り出さなければならぬ、担任の先生がたとしても、実のところはお辛かったことと
 思います。

  いのもとさんは、どちらかと云えば腺病質で身体も細く、校医は担任の先生に
 「あの子は今のままでは肺疾患か何かで、長生き出来ないよ。」と心配されていたそうです。
 身体を鍛えよと常に教導されていたとのこと、その故もあったのだと思います。



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